旅のススメ
海外はおろか国内旅行すらおぼつかなかった管理人が
地球一周の船旅を通し徐々に旅なれていく様子と旅からの学びを詰め込んだ冒険の書
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2010年12月の記事一覧


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※沖合いに停泊する船、オーバーランドツアーもここで終了だ

イースター島での目覚め
レンタカーを借りている僕らは
ツアーを離脱する事にした

イースター島の観光地はラパヌイ国立公園の入園券が必要で
ツアーリーダーが団体券を持っていた

つまりツアーを抜けるという事は
個人用に入園券を入手しないと下手をすれば
各公園に入園出来無い事を意味する

メンバーの一人のファンファンちゃん
それを懸念して抜けた

僕らも個人用に入園券を貰うまでは
レンタカーで彼らの後を追うしかなかった

ラノララク
ここはモアイがもっとも多く存在するだけでなく
モアイの製造工場や、製造途中のモアイなどがある
今まで見てきた平坦な土地に鎮座したモアイ達は
この丘陵地帯から切り出され運ばれたのだ

※かなりの数のモアイが鎮座する、もっともイースター島のイメージに近い場所だった

大小様々なモアイ、顔もそれぞれ個性がある
よくあるモアイは首から上のみであるが
ここには正座をした珍しいモアイも存在する

これだけ多くのモアイをなぜ製造する必要があったのか
様々な説があるものの未だにはっきりとした事は解っていない
更に、このモアイを切り出す為に森を切り開き
その結果として食糧難に陥り
滅亡の危機にさらされたというのだから驚きだ

※切り出される途中で中断されてしまったモアイ

久々の団体行動の歩みの遅さに
あらためてやはり旅行は少人数に限ると思った
ここで個人用の入園券を手にする事ができて
本当の意味でのフリーになる事ができた

団体と別れて
イースター島でも古いモアイが存在し
遺跡跡からインカ文明との交流を予感させるというアフ・ビナプへと向かった

所々の分岐には看板などもなく
何となくの勘で進む

すると鉱物か何かの採掘場にたどり着いてしまう
巨大な設備と冷たい重機
普段見慣れたものだが、ここイースター島では不自然に他ならない

進化を追い求めるのが人間の常なら
こんなに素朴な場所も
いずれは変わってしまうのだろう
あふれる自然がそう簡単に見れなくなることはないが、変化は少しずつ起きているのだ

引き返してしばらく行くと
正しい道に戻れたらしく簡単にその場所は現れた

※精巧に詰まれた石と石、たしかにインカ文明との共通点を感じさせる

今まではモアイばかりだったが
ここには塚のような神殿のような跡がある
モアイは地面に埋め込まれ
仰向けに空を眺めていた
顔はある程度風化が見られながらも
他のモアイに比べてもっと人間らしいというか
そんな顔をしていた

※埋め込まれたモアイ、年代によって顔立ちが異なることが確認できる

ほぼ貸切の素朴な土地を去り
次にオロンゴ岬を目指した
ここは時が止ったような場所という評判を聞いていた
今日からピースボートの乗客たちが上陸するので
混雑を避ける為にも早めに向かった

岬はかつての火山口なので
そこまでは山道をずっと登ることになった
前を走るバスが砂埃を上げると、たちまち前は見えなくなるので
ある程度の車間距離を空けながら
砂埃をガイドにして到着することができた

小さなレンタカーが幸いして
少しのスペースに車を停めることが出来た
駐車スペースによって、必然的に入場制限がかけられている形だ

岬に入る、どうどうとラパヌイ国立公園の入園券を見せ付けるが


全く見ていない…。

全く見ていないよ…。



島に上陸した時点で持っているというくらいの軽い認識なのだろう

※ラノ・カウ山のカルデラ湖、あちらこちらから感嘆の声が漏れていた

岬にぽっかりと空いたカルデラ湖は正円に近いほど丸くて
玉模様の緑の水苔がいくつも浮いている
短い芝のような草がびっしりと生えていて
常に風にそよいでいた
青い海も見渡すことができるが
遠い為か波は見えず絵のように静止して見える

※別のアングルからは、少し背が低くなった山の先に海が見える、雄大

普段は船の上から、船にぶつかり砕ける波
うねる海を見慣れていた事が
余計にそう思わせたのもあるのだろうが

動くものからは音が聞こえず、ただ風の音しか聞こえないその場所は
ほんとうにまるで時間が止ったようだった

思い起こすと
これと似た感覚を経験したことがある
ストーンヘンジ横で草むらに寝転んで
流れる雲を見ていた時だ

※オロンゴ岬、海が一望できる絶景も見事だが、音も無くそよぐ草が美しかった

岬を降りる際も、ところどころに綺麗な景色があるので
車を停めては景色を眺めと繰り返しながら
鳥人伝説の一つ、人食いの洞窟アナカイタンガタへと向かった

※洞窟横の海の美しさは格別だった

ここ食糧難が起こった際に
食人が行われていたという説がある場所
飢饉があった事とここで人骨が見つかった事で
胆略的に出た発想だろう
実際にそれが裏付けられた訳でもない

ただ洞窟を取り巻く景色はかなり良いので
ここを訪れた事に間違いは無かった

※少々危険な場所ではあるので注意したい

近い海は恐ろしいほどの透明感で
ごつごつとした海底の岩肌がくっきりと見える
遠浅の海は、絵の具を垂らしたような濃い青だ

足場に注意しながら洞窟へ向かう
洞窟といっても奥深く続いているわけでなく
波でくり抜かれた程度の小さい洞窟だった

※洞窟内には壁画もみることができる

夜な夜な遊びに来る者でもいるのだろうか
木の燃えカスがあり
人糞の匂いが充満していた


名残惜しい、名残惜しくて仕方が無い
島をぐるりと1周はしたし
主要な見所には行くことが出来た

時間は無情に過ぎていく
同じ速度で秒針は進んでいたはずだが
それでも、ここでの旅は時間経過そのものは緩やかに感じた


ガソリンを満タンにしてレンタル屋に返し
少しの買出しをしてホテルに戻り
荷物をまとめ港へと向かった

沖合いに着けたピースボートへは
5、6人乗りのボートで向かう
幸いボート場は混んでいたので
お土産を物色したり、泳いだりする時間はあった

※イースター島の港、浅瀬にかなり大きな海亀が何匹も泳いでいた

イースター島の子供達と水を掛け合って遊んでいると
大きな海亀も、大して人を怖がらずに泳いでいる事に気付いた
もたもたしたイメージの亀も、海の中では縦横無尽に
とても素早く泳いでいた

憧れの地を巡るオーバーランドツアーが終わった
ここは全てが日本と違っていた
日本で文化的な暮らしを営む人間の我侭だろうが
この先もずっと違っていて欲しいと願う



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posted by アキ at 2010/12/26 22:47
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※アナケナビーチ、モアイに見守られながらの海水浴は最高だった

夜に飛行機で発ち、イースター島到着は朝
いつもは船がホテルがわりであるが
このオーバーランドツアーでは
陸のホテルでしかも豪華だった
しかし、まるでそのしわ寄せのように、
最後は飛行機までもがホテルになった

71回クルーズの目玉のひとつであるイースター島に
宿泊できる事もこのオーバーランドの魅力だった
それを考えれば、飛行機で夜を明かすくらいなんでもない


飛行機が着陸すると
土砂降りの雨が降っている
赤土は叩きつける雨の勢いで舞い上がり
風も強く、黒い雲が勢い良く流れていた

バス待ちの最中も、同じ便で降り立った観光客達が
強い雨に足止めされていた

バスに乗り込みホテルへ向かう
するとバスを降りる頃には晴れ間が覗き
あちらこちらがキラキラと輝いてそれは美しかった

快晴男の上陸に
嵐も立ち退かざるを得なかったのだろう


チェックインを済ますと自由行動の時間
以前からゼブラとバイクをレンタルして観光することを計画していたが
それに共感した数人のメンバーが加わった
ゼブラ、キューピーちゃん、リアル佐藤ちゃん、ファンファンちゃん
それにしてもまともなあだ名がいないなw

※ホテルやレンタルショップ、ショップ、警察署などのある通り

ホテルの近くのレンタルショップへ
すると少し様子がおかしい

今日はクリスマス、もうそろそろ店を閉めるから
借りるなら早くしろといった感じだ

おまけにバイクはほとんどレンタル済みだし
国際免許証が無い人には貸せないと言われてしまった

日本の免許証を見せて粘り強く交渉すると
100ドルで2日間借りることができた


車を走らせて、まずはアナケナビーチというところへ向かった
イースター島は中心街以外は舗装されておらず
赤茶けた土ぼこりを舞い上げながら進む事になる

また道もほとんど分岐の無い道なので
迷うことも無くたどり着くことができた

背の高い椰子の木がたくさん生えていて
白くてさらさらの砂浜だった
海の色は濃い青で、いままで見た色で一番美しい

ビーチの脇の高台には
プカオを被ったモアイが数体並んでいる

※アナケナビーチ横のモアイ達、みなプカオを被るオシャレさんだ

そこでしばしの海水浴を楽しんだ
潮力もそこそこあったので、波に乗って遊べた
2ドル程度払えば、ペットボトルに水がもらえて
トイレのスペースで塩を落とすこともできる

日本の近海と違って、それほどネトネトとした感じは無いが
さっぱり出来たのは嬉しかった

海水浴に最高のロケーション
さすがイースター島だと感心したが
このビーチが特別であったと後ほどわかる

ビーチを後にしてアフトンガリキへ向けて車を走らせる
途中に眺めの良い場所を見つけたので車を停める

※海岸沿い、黒いごつごつとした岩が主で、ウニなどの格好の隠れ場だった

先ほどの美しいビーチとは対照的に
黒いごつごつとした岩肌がダイナミックな海岸だった、火山活動で出来たとされるこの島の、通常の海岸の姿だ

溶岩の黒、赤茶けた大地、海の濃い青
透き通った空の青、白い雲
草花の緑、草原を駆ける馬
それらが見渡す限り続いていて、お互いの景観を引き立て合いながら、決して邪魔しない
今までにこれほど自然で美しい景色など見たことはなかった

※広大な台地、馬が自由に駆け回る、ゼルダの伝説「時のオカリナ」を思わせた

誰かが海岸沿いでウニを拾った
とても美味だった

※天然塩でそのまま頂いた、美味

ここを離れるのは惜しいようで惜しくない
すばらしい景色はどこまでも続いていたからだ



待望のアフトンガリキに到着
モアイが15体並んで鎮座していた
アフとはモアイの台座となる祭壇の事で
イースター島で一番大きなアフであることからこの名がついたのだろう
確かに不思議な人工物であるが、木々や草花と同じように、まるで違和感なく景色にとけ込んでいる

※アフトンガリキ、貸切で最高だった

いつから人の造るものは自然に相容れなくなったのだろう
日本のような先進国家に住んでいると
不自然なものに囲まれる事が自然になってしまう

モアイはただ年月で風化して、自然に同化していったのもあるだろうが、それ以上のものを感じた

それにしても何故こうも同じ方向を向いていて、並んでいるのかわからない
それ自体はかなり不自然だ

ある程度お約束だろうが
モアイの前で一緒に並んで記念撮影
メンバーの一人がこの時の写真をカメラのキタムラのフォトコンテストに応募したらしく
見事入選していた

貸し切りのアフトンガリキを堪能した後は
陽も暮れ始めたので
街の中心に戻る

※のどかな馬達、時に馬の大群が道を塞いでしまうことすらある

このあたりはサッカー場があったり
広々とした公園があったり
自然豊かではあるが人の生活の気配がした

遠くになつかしのオセアニック号が停泊している
その脇を夕日が沈んでいく

※イースター島の夕日、ただただ感無量だった

目のあるモアイ(後で知ったがレプリカだったw)に夕日があたり幻想的だ
イースター島でモアイ(レプリカ)を前に、夕日が沈む
貴重すぎる経験に高揚したのだろう
モアイ(レプリカ)を前にして、いつになくふざけたポーズまでしてしまった

クールの代名詞と呼ばれる俺が、ふざけたポーズまでした
そこまでさせたモアイ(レプリカ)の力は凄い

イースター島の青年に会う
まだ幼いのにも関わらず自然に鍛え上げられたしなやかな筋肉
前評判どおりの男前だった

言葉は全く通じなかったが
一緒にブランコに乗ったり、写真を撮ったりした

クールの代名詞と呼ばれる俺が、ブランコに乗ったのだ
童心に帰らせてくれたモアイ(レプリカ)には感謝したい

夜ホテルにて
クリスマス会が開催された

それぞれ持ち寄ったプレゼントを集めて
ランダムに配る
配る担当をしてくれたのは、船から離脱して
ガラパゴス→イースター島と女一人で旅したというヒラッチ

プレゼントは一人ずつ呼ばれ渡されていく
受け取ると一喜一憂、選んだ人間も名乗りをあげて
ありがとう♪どういたしまして♪
という微笑ましい光景が繰り広げられていた

※若者を中心にかなりの数が集まって、イースター島での特別なクリスマスを過ごした

まだ今のところ
自分が受け取る番にも、
差し出す番にもなっていない

微笑ましい光景は続いていた


まだ…。呼ばれない


そこそこの品だから、喜んでくれるはずだ
受け取った人の喜ぶ顔が目に浮かぶと
にやけてしまいそうになるが
クールの代名詞と呼ばれる俺は、いたってポーカーフェイス



まだ…。呼ばれない



…。





最後まで呼ばれなかったw

つまり、誰かの為に購入したプレゼントは
クールの代名詞と呼ばれる俺に送られることになった

ありがとう♪
どういたしまして♪

言う機会が無かった
クールだから別にいい


急遽参加したヒラッチにプレゼントする事にした
クールの代名詞と呼ばれる俺だから、クールな事をした


まあ、ペルーのナスカで買った
地上絵のトランプなので
行っていない人が受け取るほうが結果よかった


ごめんなさい
良い物買った事も、クールなのも
全てです



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posted by アキ at 2010/12/25 08:31
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※ハチドリ、地上絵の代表格だろう

今日はリマからピスコを経由しナスカへと移動
憧れのナスカの地上絵を見る

ナスカまでは400km以上はなれておりバスで移動する
朝も真っ暗な時から出発する

道中には広大な砂漠が広がっていた

年間数ミリの雨しか降らないこの一帯だからこそ
古代の人が描いた、大地を引っかいて描いただけの絵を
時を越えて上空から古代からそのままの姿で確認できる。

遠い昔に上空からしか全体を見ることが出来ない絵を、なぜ古代人は描いたのだろう
未だにはっきりとした事は解っていない

もしかしたら古代人は空を飛べる浮かぶことの出来る気球のような装置をもっていたのかもしれないし
物見台のようなかなり高い建物があったのかもしれない

いずれにしても、このように割と平坦で
かつ広大な大地に描かれた地上絵を
簡単に見ることはできなかったろう

地上絵があり続ける事ができた奇跡的な環境と
飛行機で空を手に入れた現代、その時代に生まれた奇跡

どちらが欠けても見られる可能性はないのだから不思議である


最初こそ車窓を流れる砂漠を見ていると
大空からの地上絵を想像せずにはいられずに興奮していたが
同じ様な景色が続くその催眠効果に眠らされてしまった。

※延々とこのような景色が流れる

それでも砂漠以外にも面白い光景はあった
民家の壁に原色系のペイントで人の名前らしいものが書かれている

よく見ると KEIKO と書かれている
どうりですっと目に入るはずだ
フジモリ元大統領の娘の名だ

彼女はこの時、大統領選に立候補していたらしく
ペルーでは応援する人はこうやって自らの家の壁に候補者の名前を書くのだそうだ
結構人気も高いらしくて、当然他の候補の名も目にするのだが
半分程度は KEIKO が占めていたように思う

地上絵のツアーの前に立ち寄ったのは
ピスコのお土産屋だ
地名にもなった有名なペルーのお酒「ピスコ」発祥の地だ

※街も殺風景だった

普段はお土産に興味がないのだが
明日はクリスマスという事で、若いメンバーを中心に
クリスマスプレゼント交換会をやろうという事になっていた

今回はかなり特別である
なんとクリスマスを迎えるのは
明日到着するイースター島なのである

折角だから受け取った人が喜ぶものを
いつになく皆真剣にお土産を選んでいたと思う

※セスナ、このサイズなので機体は結構揺れる

そこから更に数時間移動してナスカのセスナ飛行場に着いた
3つの便に分かれて行く事となった
これほど小さな飛行機に乗るのは初めてで緊張した

席はクジで決められて、窓側ではなくてちょっと残念に思ったが
これが思わぬ嬉しい誤算だった

徐々に高度を上げるセスナ
やはりかなり揺れる、ただでさえ高所恐怖症なので
乗ってすぐに後悔の念を抱かざるを得なかった

セスナは暫く進むものの
一向に地上絵は見えてこない
眼下には広大な砂漠が広がっているだけだ

※地上絵?「滑走路」、セスナから最初に見ることができた、写真中央の不自然な直線がわかるだろうか

時折セスナは大きく上昇したり、下降したりと
強い風に押されているのは明らかで
機内は常に地震の如く揺れていて恐怖だった

やがて地上絵が見え始める
肉眼でははっきりと見える地上絵に
先ほどまでの後悔恐怖
無かったもののように消え失せた

※地上絵「宇宙人」、多くの地上絵が平坦な大地に描かれているが、この絵は山間に描かれている

絵を中心にセスナは機体を大きく傾けて
両窓の乗客が均等に見えるように右旋回、左旋回と繰り返す
真ん中の座席は、両旋回の間、常にはっきりと絵を捉えることが出来た

※地上絵「クモ」、近年は車なのド進入で地上絵が破壊されてきてしまっているようだ

※地上絵「コンドル」、タイヤ痕で見えずらくなってしまっている

※地上絵「手」、比較的小さな地上絵なので、バスそばの物見台から見ることができるらしい

代表的な地上絵はほとんど見ることができたが
大小合わせて700以上あると言われており
未だに新しい地上絵が発見されているというから驚きだ

肉眼で楽しみ、写真にもわりと綺麗に収められて良かった
人によっては写真を撮ることに集中するあまり
気がつけばファインダー越しにしか見ていないという人もいそう


地上絵を後にしてセスナは戻る、行きよりも風が強く揺れが酷くなったようだ
さっきまでの静寂
無かったもののように恐怖に塗りつぶされて消え失せた

後で聞いてみると、やはり次の便からは揺れがかなり激しかったらしく
あれでもかなり運が良かったようだ

岐路は途中途中で休憩をとるものの
取り留めて何か印象に残るものは無い
ただ海と砂漠が広がっているだけで、何も無い

しかし何も無い広大な砂漠に地上絵はあった
美しい色彩があるわけでもないが
この日に延々と目にしたこれらの殺風景は
ただでさえすばらしい地上絵を
この上なく印象深いものにしてくれた


明日はイースター島でクリスマスを迎える
フライト時間は長い為、機内での夜を迎えた

※イースター島に向かう機内より、ため息の出るほど美しい夕焼けだった、まるで空が虹のよう

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posted by アキ at 2010/12/24 23:20
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※独立運動の指揮者、サン・マルティン将軍

飛行機でクスコから
降り立ったのは南米有数の都市であるリマ

ツアーはバスをチャーターして
旧市街を中心に観光となった
飛行機の遅れが影響し、いくつかの場所は
車窓での見学となってしまったが
ツアーガイド曰く、南米にしては飛行機がちゃんと運行してくれて
ホッとしているとの事だ

さすがに大都市だけあってというか、交通渋滞が酷く
バスはゆっくりと進み、おかげで車窓観光としてはまずまずだった

旧市街の街並は中世の街並のようで大変美しい
写真を見ただけではヨーロッパの写真と勘違いするほどだ

マヨール広場近くで降りてしばしの自由行動となった
まさにスペインのマドリッドの広場と同じ名称だ

※広場横の商店街は賑わっており、豊かな印象を受けた

大統領府の前では政府関連組織のパレードがあった
エクアドルといいペルーといい
政治的なセレモニーに偶然にして出会ってしまった

少し違うのは、エクアドルは騎兵隊、騎馬隊だったのに対し
ペルーはライフル装備の武装兵士といった格好
装甲車も配備されていてかなり騒々しかった

※走る装甲車

ペルーで一番古いとされるカテドラル
この地を統治していたスペイン人のフランシスコ・ピサロが建てた大聖堂で
本人の遺体も安置されているのだとか

※カテドラル、黄色いペンキに塗られていないある意味貴重な一枚

その後はサン・フランシスコ教会
土産物屋などへ

遠くにサン・クリストバルの丘の頂上の十字架を見ることができた
ここから見てもはっきりと解るのだからかなり大きなものなのだろう
近くで見ることが出来なくて残念だった。

※サン・クリストバルの丘、頂上に十字架を見ることができる

まだ日のあるうちにホテルに帰還
夕食まで時間があるので、ゼブラと出歩くことにした

ホテルの横にショッピングセンターがあって
ウィンドウショッピングを楽しんだ
都会という事もあるのだろうが、かなり豊かな印象を受けた
3Dの映画館などもあるくらいだ

その後はホテル横の公園を歩いてみた
既に真っ暗になっていたが、公園は地中ライトが怪しげに光る
ムード満点の場所だった

ふと見ると、等間隔に設置されたベンチには必ずカップルが座っていて
日本では見られない情熱的な愛の確認が繰り広げられてきた

ゼブラが悪いわけではないが
なにか気まずさと、男二人でいることに気持ち悪さを感じたので、
戻ることを提案すると2つ返事の同意
引き返した二人の歩みは、示し合わせる事も無く、

来るときの倍ほどの速度になっていた

まさに、阿吽の呼吸、皮肉にもその場にいたどの2人きりよりも
シンクロ率が高かっただろうw

明日は早くから出発して
ナスカの地上絵へ行くので
早めにホテルに帰って休むことにした

夢のような旅も終盤に近い


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posted by アキ at 2010/12/23 21:34
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※マチュピチュ、天空の城ラピュタのモチーフになったというのも頷ける

まだあたりが暗いうちにホテルを出発し
約1時間半ほど電車に揺られてマチュピチュ駅

電車は外が見渡しやすいように窓が大きく取られている
目的地はマチュピチュだが、この鉄道の沿線にも
貴重なインカの遺跡が点在しているようだ
列車が進むに連れて標高はじりじりと下がるので
木々の生態系が変化していくのも見ることができる

それにしても
依然として体調は最悪の状態である
何度もトイレに駆け込む必要があった

トイレに入り便座を見ると、そこには流れる景色があった

そう、垂れ流し方式である。
30にもなって、異国のしかも憧れの地で
糞をまき散らすとは夢にも思わなかった。。

だがここで出来る限り出しておくことが
この後トイレが都合良くあることなど期待できない状況では
不慮の事故を避けるために取れる最善の措置であったろう

※駅周辺、お土産屋や宿などが点在している

駅に到着
ツアーバスに乗り込みマチュピチュへ向かう
マチュピチュに行くことを夢の一つにした時に
崖っぷちの道路をバスは進み、時に転落事故なども起きる秘境だと聞いた
目で見るまではと調べることも何もしてこなかったのだ
それを確かめる事が出来る瞬間であった…。が

隣の席の人が空けてくれて
ずっと寝てたのでみてないw


ちょっと残念ではあるが、この配慮がなければ
憧れのマチュピチュで
園内には入れずにしかも粗相という最悪のシナリオ
可能性があっただけに恐ろしい

※雲で霞む様がまた映える

マチュピチュ到着
園内にはトイレがないので、ひとまず入場口前でトイレ休憩
ここでかなり踏ん張っておいたが
時間を使いすぎたのか、外に出ると別の1グループが入園するところだった
そのグループの代表に既に入園している俺のグループの代表を呼んでもらって
なんとか園内に入れた
入園券は代表が持っているし、ツアーで安心して満足な現金など持っていないので
危うく入り口で取り残されるところだった。。

入り口を過ぎると
若干足場の悪い細長い坂を上ることになる
小雨も降っていたので、木の根っこなどが露出しているところなどは
滑りやすかった

若干の登山を終えて頂にたどり着くと
眼下には霞の向こうに天空の都市が広がっていた

※緑の芝も美しいマチュピチュを背景に

高山地帯であることもあり天候は変わりやすい
この時は小雨だが青空も覗くという状況が雰囲気をより一層良いものにしていた

※そびえるワイナピチュ、登山することもできるそうだ

速く流れる雲が都市の向こうにそびえるワイナピチュにぶつかって
勢いよく上昇していてダイナミックだった
天空の都市という表現はかなりしっくりくる

※豆粒ほどの人が見えるだろうか、これをみると思ったより広い遺跡であるとわかる

霞が晴れて、遺跡がはっきりと見渡せるようになり
目を凝らすと、遺跡内を歩く他の旅行客の姿も見える
想像よりもかなり広い遺跡だなと思った

※遺跡内も見所が満載だった

遺跡内にも随所に見所はあったが
やはり上から見たマチュピチュが一番美しいと思う。

普段ならこんなに体調が悪ければ面会拒絶で部屋に引きこもり
一日中寝ているところだが
それを無理させるほどに素晴らしいところであった

※遠くに見える筋のようなものは道、相当に曲がりくねった道だ

※段々に見えるのは畑、果実などを育てていたと考えられている

途中途中のガイドの案内の最中に小休憩を取る
グループが進み始めるとゼブラがやってきて

「行くぞ! マチュピチュ来て体調悪いなんてウケるな!ケケケ」

と捨て台詞を吐くくせに
毎回気にかけてくれたゼブラの優しさも、忘れず心に留めておこう


憧れで最高だったマチュピチュを後に
列車が来るまでの時間、マチュピチュ駅の周辺を観光
このあたりから体調に回復の兆しが、遅いけどねw

駅前の街、景観はなんとなく日本の温泉郷を思わせた
ぼーっと木を眺めていたら、すばしっこく動くものを発見
目を凝らすと…。

ハチドリでした。


野生のハチドリを見ることができて何気に感動

※日本の温泉郷を思わせる

岐路も列車で来た道を戻るのですが
悪魔のような仮面の者達が乱入してきて
なぜか一緒に踊らされたり

乗客を巻き込んでのアルパカ製品ファッションショー
がはじまったりと

まあなんともいえない感じのイベントがありましたw


駅についてからも結構長い間バスに
皆疲れて寝ていたみたいですね

夜にクスコへと帰還しました。
クスコではツアー会社が
片道2ドルでアルマス広場近くの土産物屋までバスを出してくれるとの事

…。

マージンもらいつつバス代稼ぎですか?


ということで
体力が回復してきたこともあったので
ゼブラと二人で歩いて向かうことにしました

※夜には光が反射してよりいっそう幻想的になるクスコの街の旧道

※太陽の神殿をはじめ、いろいろな場所がライトアップされていた

途中、ライトアップされた太陽の神殿も見ることができたし
地元の人で賑わう繁華街も立ち寄れたし
広場周辺はライトアップされていて綺麗だったし
歩いて正解でした。
といっても治安は良くないので行く人は注意してくださいね

憧れの地の思い出日記
こんなにもトイレという単語を使わないといけないなんて…。w


明日はリマ

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posted by アキ at 2010/12/22 22:28
コメント(0)  トラックバック(0)
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プロフィール
ニックネーム:アキ
誕生日:3月12日
性別:男
自己紹介:
英会話教室に10ヶ月通った後いきなりの飛行機での世界一周、その後たった1週間後にピースボート71回に乗船という、1年以内で違う方法で世界二周するという貴重な経験を。
旅は徐々にバックパッカー風になるも、片手にはモバイルを欠かさない。

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